会議の終盤、プロジェクトの公開日を決める場面になった。
責任者が言う。
「11月30日なら、いけると思います」
企画は今週、取材は来週、制作に2週間、確認に1週間。ホワイトボードに工程が並び、すべてが一本の線でつながっている。多少の修正は出るだろう。それでも、各担当が少しずつ頑張れば間に合いそうだ。
誰かが11月30日と資料に入力する。
その瞬間、日付の意味が変わる。
数分前まで、それは「順調なら到達できそうな日」だった。資料に入ったあとは「会社が約束した日」になり、翌週には「遅れてはいけない日」になる。そして作業が遅れ始めると、「最初から現実的だったはずの日」として扱われる。
しかし、最初に口にされた11月30日は、何だったのだろう。
望んでいる日なのか。最も起こりそうな日なのか。守ると約束する日なのか。それとも、作業を配置するための仮置きなのか。
多くの計画が崩れるのは、日付を決めなかったからではない。一つの日付に、異なる役割を背負わせたまま進めるからだ。
一つの日付には、少なくとも四つの意味がある
計画の会話では、次の言葉が混ざりやすい。
言葉 本来答える問い 例
目標 いつまでに実現したいか 市場機会を考えると11月30日に出したい
予測 現在の情報では、いつ終わる可能性が高いか 類似案件から見ると12月8日前後が中心
言葉 本来答える問い 例
約束 どの確率・責任で、いつまでを引き受けるか 外部には12月15日までと伝える
作業計画 何を、誰が、どの順で進めるか 取材完了後に初稿、法務確認とデザインは一部並行
目標は、意志を示す。予測は、不確実性を記述する。約束は、相手との関係をつくる。作業計画は、実行を調整する。
どれも必要だが、同じものではない。
目標日をそのまま予測日にすると、「そうなってほしい」が「そうなる可能性が高い」へ変換される。予測日をそのまま約束日にすると、不確実性が相手へ移転される。約束を守るために作業計画を詰めると、今度は確認や修正の余白が消える。
ここで起きているのは、計画能力の不足だけではない。
意志の言葉と、確率の言葉を分けていない。
これが、FORWARD BASISが計画を考えるときの出発点になる。
「最悪の場合」を考えても、まだ楽観的だった
人が作業時間を短く見積もる現象は、心理学で「planning fallacy」と呼ばれてきた。
Roger Buehler、Dale Griffin、Michael Rossが1994年に発表した研究は、その仕組みを複数の実験で調べている。
最初の研究では、卒業論文に取り組んでいた心理学専攻の学生37人へ、提出までの日数を予測してもらった。分析対象となった学生の「最も正確だと思う予測」は平均33.9日だったが、実際には平均55.5日かかった。予測した日までに終えたのは29.7%だった。
さらに興味深いのは、「すべてが可能な限り悪く進んだ場合」の予測である。その平均は48.6日だった。それでも実際の55.5日より短く、最悪ケースとして答えた日までに提出できた学生も48.7%にとどまった。
つまり、「少し悲観的に考えよう」だけでは、十分な補正にならなかった。
ただし、この結果を「人の予測には価値がない」と読むのも違う。
学生の予測と実際の所要日数には強い相関があった。長くかかると予測した人は、他の人より実際にも長くかかる傾向があった。個々の案件の難しさを捉える情報は、予測の中に含まれていたのである。
問題は、予測が完全に無意味だったことではない。
案件間の相対的な差はある程度捉えていても、全体が楽観方向へずれていた。
この違いは重要だ。現場担当者の見積もりを捨てればよいわけではない。担当者にしか分からない難しさはある。ただし、その見積もりを無補正のまま約束へ変えてはいけない。
人は未来を予測するとき、過去より「筋の通った話」を見る
なぜ、以前も遅れたことを知っているのに、今回だけは間に合うと思うのか。
Buehlerらの研究で、参加者は予測をつくるときに考えていることを口に出した。そこで多く語られたのは、今回の作業をどう進めるかという未来のシナリオだった。過去に似た作業がどう進んだかは、ほとんど使われなかった。
これは不思議ではない。
未来を考えるとき、私たちは作業の順序を組み立てる。
資料を集める。構成をつくる。初稿を書く。確認して出す。
一つひとつは合理的で、順番にも無理がない。すると、完成までの話が滑らかにつながる。
しかし、その物語には、まだ名前のない作業が入りにくい。
• 調べた結果、前提が間違っていると分かる
• 関係者の返答が来ない
• 一つの修正が別の箇所へ波及する
• 優先度の高い別件が割り込む
• 完成の定義が途中で変わる
• 一度できたものを、捨ててつくり直す
どの問題が起こるかは分からない。だから、計画表には書きづらい。だが、何かしらの問題が起こる確率は、過去の類似案件に現れている。
内側から見た計画は、「今回、何が起こるか」を説明しようとする。外側から見た計画は、「同じ種類の仕事では、結果がどのように分布したか」を見る。
前者は具体的で、後者は冷たい。具体的な物語のほうが、自分たちの現実をよく表しているように感じる。
だから私たちは、過去の遅れを知っていても、こう説明する。
「前回は担当者が途中で変わったから」
「あの案件は要件が特殊だったから」
「今回は先に合意を取っているから」
説明の一つひとつは、本当に正しいかもしれない。しかし、毎回の遅れを固有事情として切り離すと、過去は永久に予測材料にならない。
過去を思い出すだけでは足りない
1994年の研究には、さらに慎重に読むべき結果がある。
ある実験では、参加者を三つの条件に分けた。
• 過去を特に考えず、今回の完了日を予測する
• 類似した過去の経験を思い出してから予測する
• 過去の経験を思い出し、それが今回にどう関係するかまで考えて予測する
過去を思い出しただけのグループでは、楽観的な偏りは消えなかった。偏りが見られなくなったのは、過去と今回を明示的に接続したグループだった。
ただし、ここにも限界がある。
そのグループは平均として楽観方向へ偏らなくなったが、個々の予測誤差の絶対値が小さくなったわけではない。短すぎる予測と長すぎる予測が均衡し、平均の偏りが消えた面もあった。
これは、「過去を見れば正解が分かる」という研究ではない。
示されたのは、より限定的なことだ。
過去を今回へ接続すると、一方向の楽観を弱められる。しかし、それだけで個別案件を正確に言い当てられるわけではない。
予測の目的は、未来を一点で当てることではない。不確実性の形を、意思決定に使える程度まで良くすることだ。
大きなプロジェクトでは、問題は「思い込み」だけではない
個人が自分の課題を短く見積もる場面では、本人に嘘をつく利益がないことも多い。純粋に、うまく進む未来を想像している。
しかし、組織では事情が変わる。
企画を通すには、早く、安く、大きな成果が出るように見せたほうが有利になる。正直に広い幅を出した人より、「この日までに、この予算でできます」と言い切った人の案が選ばれるかもしれない。
Bent Flyvbjergは、プロジェクト予測の誤りを考える際、心理的な楽観だけでなく「strategic misrepresentation」を区別した。前者は本人も現実的だと思っている自己欺瞞、後者は承認や資金を得るため、意図的に便益を大きく、費用や期間を小さく見せる行動である。
結果は似ていても、原因が違えば対策も違う。
楽観的な思い込みには、外部データや比較が効く可能性がある。だが、正確に予測すると企画が不利になる制度では、データを見せるだけでは足りない。数字を曲げる動機が残っているからだ。
ここで、計画の問題は個人の認知から組織の設計へ移る。
「もっと現実的に見積もろう」と呼びかけながら、長めの見積もりを弱気と評価する組織は、楽観的な数字を自ら生産している。
遅延が起きたあと、担当者の意志の弱さだけを問うのも同じだ。最初から、予測ではなく承認を取るための数字だった可能性を見落とす。
外側から見る——参照クラス予測の考え方
Flyvbjergがプロジェクト管理へ適用した「reference class forecasting」は、個別案件の物語だけで未来を決めず、類似案件の実績分布へ置く方法である。
論文では、基本手順が三つに整理されている。
1. 過去の類似案件から、妥当な参照クラスを選ぶ
2. そのクラスの実績について、確率分布をつくる
3. 今回の案件をその分布と比較し、起こりうる結果を見積もる
ポイントは、「今回起こるトラブル」をすべて言い当てようとしないことだ。
何が起こるかは毎回違う。それでも、同種の案件を十分に集めれば、結果のばらつきには、名づけられなかった問題も含まれる。
たとえば、新しい記事シリーズの制作期間を考えるとする。
内側の計画では、テーマ選定1日、調査2日、執筆2日、確認1日、合計6日と積み上げる。
外側の見方では、過去の同程度の記事が実際に何日かかったかを並べる。中央値が8日で、遅い側の2割が13日以上なら、「6日で終わる筋道」は存在しても、6日をそのまま安全な約束にはしない。
ここで重要なのは、平均だけを見ることでもない。
遅れたときの損失が小さい社内メモなら、中心的な値を使える。公開日を告知し、外部の人が動く企画なら、より遅い側まで含めた日付を約束に使う。どの確率を採るかは、遅れの結果によって変わる。
「何日かかるか」という問いは、実は一つではない。
• 最も起こりそうな期間はどれくらいか
• 半分程度の確率で収まる日はいつか
• かなり高い確率で守りたい日はいつか
• その日を越えたら、何を変更するか
一点の日付を出す前に、どの問いへ答えているかを決める必要がある。
FORWARD BASISの提案:計画を二つの台帳に分ける
ここまでが、研究から導ける中心部分である。
• 人は自分の仕事を予測するとき、過去の分布より今回の筋書きへ注意を向けやすい
• 過去を思い出すだけでなく、今回との関係を明示することが偏りの補正に役立つ可能性がある
• 組織では、無意識の楽観と意図的な数字の歪みを分ける必要がある
• 類似案件の実績分布は、個別の工程表とは異なる情報を与える
ここからは、それを小さなチームや個人の仕事へ移すためのFORWARD BASISの提案である。
計画を一枚にまとめず、「意志の台帳」と「証拠の台帳」に分ける。
1. 意志の台帳
ここには、自分たちが実現したい未来を書く。
• いつまでに出したいか
• なぜその日である必要があるか
• 何を完成と呼ぶか
• 何を守り、何を削れるか
• 誰に何を約束するか
この台帳では、野心的であってよい。目標を小さくするためのものではない。
2. 証拠の台帳
ここには、願望と独立した情報を書く。
• 似た仕事は、過去にどれくらいかかったか
• ばらつきはどれほどあったか
• 遅れは、どの段階で発生したか
• 今回だけ有利・不利になる条件は何か
• その差を示す観測可能な根拠はあるか
二つを別々につくってから、初めて重ねる。
目標より予測が遅いなら、予測を目標へ寄せるのではない。範囲を削る、人を増やす、順序を変える、途中版を出す、約束日を変える。差を、具体的な意思決定で埋める。
この方法の利点は、楽観を禁止しないことにある。
「11月30日に出したい」は、そのまま残せる。ただし、「現状のままなら12月8日前後」という予測も消さない。二つの差が見えれば、11月30日へ近づくために何を変えるべきかを議論できる。
予測を願望へ合わせてしまうと、その議論が起こらない。
実際の計画会議を変える七つの問い
次のプロジェクトで、計画表を精密化する前に、七つだけ確認する。
1. この日付は、目標・予測・約束のどれか
同じ資料に複数の日付を置いてもよい。「社内目標」「現時点の中心予測」「外部約束」を分ける。数字が一つであることより、意味が一つであることのほうが重要だ。
2. 完成とは、何が確認された状態か
「記事完成」「機能完成」「採用完了」では、終点が曖昧である。初稿ができた状態か、レビューを通った状態か、公開されて検証できる状態か。終点が動けば、どれほど正確に作業を分解しても期間は動く。
3. 今回を、どの過去案件の一員として見るか
「まったく同じ案件」は存在しない。必要なのは同一性ではなく、期間を左右する要因が似ていることだ。
新規性、関係者数、承認回数、外部依存、品質基準など、結果へ効きそうな条件を先に決める。そのあとで参照案件を選ぶ。見たい結論に合わせて都合のよい過去だけを選ばない。
4. 過去の遅れを、今回だけの例外として捨てていないか
担当変更や急な修正は、個別には例外に見える。しかし、案件ごとに異なる例外が毎回起きるなら、「何らかの例外が起きること」は通常条件である。
前回と同じ問題が起きるかではなく、前回の問題が表している種類の不確実性が今回にもあるかを見る。
5. 今回だけ速くなる根拠は、すでに存在するか
「今回は慣れている」「AIを使う」「先に相談する」は仮説である。過去の一部工程が実際に短縮された、承認者の予定が確保された、再利用できる部品が完成している——こうした観測可能な変化があって、初めて補正の根拠になる。
改善を信じることと、改善を予測へ織り込むことは分ける。
6. 期限を越えたときの損失に対し、どの確率で守るのか
すべての仕事へ同じ余裕を置く必要はない。遅れても内部調整で済む試作と、顧客や取引先が動く公開約束では、必要な確度が違う。
余裕は一律の「20%増し」ではなく、失敗時の影響と実績分布から考える。
7. 終了後、予測誤差を次回へ戻すか
予測日、実績日、差が生じた段階、完成定義の変更を残す。反省文は必要ない。次の参照クラスへ加えられる形で、結果を保存する。
記録しなければ、毎回の案件は再び「今回だけの新しい仕事」になる。
詳細な計画は、正確さと同じではない
作業を分解することには価値がある。隠れた工程を見つけ、担当と依存関係を明らかにできる。
しかし、細かい計画表ができたことと、予測が正確になったことは同じではない。
工程を細分化すると、すべてを見通した感覚が強くなることがある。各項目の所要時間を短めに置けば、その合計も短い。さらに、項目間の待ち時間や手戻り、複数の小さな不確実性が同時に起こる可能性は、表から消えやすい。
だから、内側の分解と外側の分布は競合しない。
• 内側の計画は、どう実行するかを改善する
• 外側の予測は、その計画がどれほどの確率で実現するかを補正する
作業計画だけで予測をつくらず、予測だけで作業を放棄しない。二つを往復させる。
正確な予測が報われない組織では、精度は上がらない
計画の精度を本気で上げたいなら、予測者のインセンティブも見る必要がある。
ある担当者が「8週間」と出し、別の担当者が「5週間でできます」と出す。5週間の案が採用され、8週間の人は消極的と評価される。結局8週間かかったとしても、「予想外の問題があった」で終わる。
この組織で学習されるのは、正確な予測方法ではない。
承認される数字の出し方である。
対策は、担当者の性格を変えることではない。
• 企画の魅力と、予測の精度を別々に評価する
• 最初の予測を保存し、結果との誤差を見る
• 長めの見積もりを出したことではなく、根拠のない補正を問う
• 大きな約束では、実行責任者以外が参照クラスを確認する
• 予備を現場が自由に使える追加予算とせず、条件付きの余力として管理する
最後の点にも注意が必要だ。Flyvbjerg自身、参照クラスから大きな予備を確保すると、「あるから使う」誘因が生まれる可能性を論じている。
現実的な予算を持つことと、コスト管理を緩めることは別である。
外側の見方にも、失敗の仕方がある
参照クラス予測は、未来を自動的に正しくする装置ではない。
第一に、参照クラスの選び方で結果は変わる。広すぎれば今回との関係が薄くなり、狭すぎれば件数が足りない。「似ている案件」の定義に、再び主観が入る。
第二に、過去の分布は、変化を過小評価することがある。工程の自動化、経験の蓄積、権限構造の変更などが本当に効いていれば、過去より速くなる。その変化まで無視すると、低い生産性を永続させる。
第三に、前例の少ない仕事では、十分な分布をつくれない。新規事業や新しい技術の導入では、「同じものがない」が事実である場合もある。そのときは、プロジェクト全体ではなく、既知の部品ごとに外側の情報を使い、未知部分は幅として残すほうが誠実だ。
第四に、楽観的な目標には行動を促す面がある。高い目標を持つこと自体を、認知バイアスとして排除する必要はない。
だからこそ、目標と予測を分ける。
目標は人を前へ動かせる。予測は資源と約束を守る。役割を分ければ、野心を残したまま現実を見ることができる。
なお、Buehlerらの実験は主にカナダの大学生と日常課題を対象にしており、Flyvbjergの主要事例は大規模交通プロジェクトである。規模も利害も違う。両者をそのまま、あらゆる会社や個人へ一般化することはできない。
この記事で示した二つの台帳や七つの問いは、研究結果そのものではない。異なる研究領域に共通する構造を、日常の計画へ移すための編集提案である。
計画とは、未来をきれいに説明することではない
計画表には、未来の出来事が整然と並ぶ。
だが、きれいに説明できることと、その通りになることは違う。
優れた計画は、障害をすべて予言するものではない。自分たちが何を望み、過去の証拠が何を示し、その差を埋めるために何を変えたのかが分かるものだ。
次に日付を一つ置くとき、最初に問い直す。
これは、目指す日か。
起こりそうな日か。
相手へ約束する日か。
それとも、作業を動かすための仮説か。
その違いを言葉にした瞬間、計画は願望の固定から、判断の道具へ変わり始める。
Sources
原典 本文で用いた範囲 読む際の注意
Roger Buehler, Dale Griffin, Michael Ross, “Exploring the 卒業論文の予測と実 主な対象は大学生。偏‘Planning Fallacy’: Why People Underestimate Their Task 績、内側/外側の視 りの低下と、個々の予Completion Times,” Journal of Personality and Social 点、過去を今回へ関 測精度向上は同じではPsychology 67(3), 1994. Full paper (PDF) / DOI 連づける実験 ない
Bent Flyvbjerg, “From Nobel Prize to Project Management: 参照クラス予測の3段 主な実証対象は大規模Getting Risks Right,” Project Management Journal 37(3), 2006. 階、楽観バイアスと インフラ。小規模チーAuthor manuscript (PDF) / DOI 戦略的な数字の歪み ムへの応用部分は本記の区別 事の編集提案
SOURCE / 原典
この記事の出典
本文の事実確認に使用した原典です。FORWARD BASIS独自の解釈・整理は本文内で区別しています。