「週2日の在宅勤務を導入したが、うまくいかなかった」
この一文だけでは、ハイブリッド勤務の効果を判断できない。
在宅だったのは何曜日か。チームは同じ日に集まったのか。仕事は一人で完結するのか、頻繁な相談を要するのか。上司は出社者だけを評価していなかったか。新人が仕事を覚える経路は残っていたか。
同じ「週2日在宅」でも、中身はまったく違う。
制度を日数だけで呼ぶと、実際に検証すべき設計が消えてしまう。
SOURCE|1,612人を無作為に分けた6カ月の実験
2024年に Nature に掲載された研究は、中国の旅行会社Trip.comで行われたハイブリッド勤務の無作為化比較試験を報告した。
対象は、航空券部門とIT部門で働く大学卒の従業員1,612人。ソフトウェア開発、マーケティング、会計、財務など、チームで進めるオフィスワークに従事していた。誕生日が奇数日か偶数日かによって、参加者を二つの条件へ割り当てた。
• ハイブリッド群:水曜と金曜は在宅勤務を選択でき、月曜・火曜・木曜はオフィス
• オフィス群:平日5日ともオフィス
実験は2021年8月から2022年1月までの6カ月間。その後の人事データも用いて影響を調べた。
結果は、「在宅勤務にすると生産性が上がる」という単純なものではない。
離職率はオフィス群の7.2%に対してハイブリッド群は4.8%。差は2.4ポイントで、相対的には約3分の1の低下だった。仕事への満足度も改善した。一方、業績評価や昇進には、実務上大きな悪化を示す証拠が見られなかった。エンジニアについて調べたコード量にも、有意な差は確認されなかった。
管理職の認識も興味深い。実験前には、ハイブリッド勤務で生産性が平均2.6%下がると予想していたが、実験後の予想は1.0%増へ変わった。
ここから慎重に言えるのは、この会社、この職種、この運用では、週2日の在宅勤務が離職を減らし、測定された業績を大きく損なわなかったということだ。
「すべての会社で週2日在宅が最適」とまでは言えない。
見落としてはいけないのは、日数ではなく「実験された一式」
この研究で試されたのは、自由に好きな2日を選ぶ制度ではない。
ハイブリッド群では、在宅勤務を選べる曜日が水曜と金曜に共通設定され、月曜・火曜・木曜にはオフィスへ出た。つまり、週3日は同僚と顔を合わせられる共通のリズムがあった。会社は参加者を無作為に分け、同じ人事評価の仕組みの中で比較した。
もちろん、この共通出社日そのものが成果の原因だったと実験が証明したわけではない。曜日のそろった方式と、各自が自由に曜日を選ぶ方式を直接比べてはいないからだ。
それでも、制度を持ち帰る側には重要な意味がある。
研究結果を「週2日在宅」という一要素だけに圧縮し、ほかの条件を捨てて導入したなら、同じ施策を再現したことにはならない。
薬の研究で、成分名だけを見て投与量や対象者を無視しないのと同じだ。働き方の制度も、少なくとも次の掛け算で考える必要がある。
在宅日数 × 出社日の同期 × 仕事の性質 × 管理方法 × 評価指標
どれか一つが変われば、経験される制度は別物になる。
FORWARD BASIS VIEW|制度の成否ではなく、条件の適合を問う
働き方の議論は、すぐに賛成か反対かへ流れる。
出社派は「対面でなければ連携できない」と言い、リモート派は「通勤は無駄だ」と言う。しかし経営が知りたいのは思想の勝敗ではない。どの仕事を、どの頻度で、どう集めれば、どの成果が保たれるかだ。
この見方に立つと、導入判断も変わる。
営業、開発、経理、新人研修を一つのルールに押し込む必要はない。集中作業が多いチームには在宅の価値が大きいかもしれない。現場設備を使う仕事には当てはまらない。新人が周囲から暗黙知を学ぶ時期には、同じ制度でも別の補助線が要る。
また、離職・満足度・短期業績が保たれても、それだけで制度が完成したとは限らない。偶発的な情報共有、育成、長期的な技能形成、組織への帰属感は、別途測らなければ見えない。
重要なのは「ハイブリッドは良いか」ではなく、次の形で問いを置くことだ。
私たちの仕事で、共同作業に必要な接点を失わず、個人作業の自由度を上げる設計は何か。
この研究を、どこまで一般化できるか
適用範囲には明確な限界がある。
対象は一社の大卒オフィスワーカーであり、工場、店舗、医療・介護、物流など現場に人が必要な仕事を含まない。完全在宅と比較した研究でもない。実験時期はパンデミック期の中国で、地域・制度・労働市場の違いもある。
また、Trip.com共同創業者で当時会長だったJames Liangが論文著者に含まれ、同社株式を保有していることが利益相反として開示されている。論文では、Trip.comから研究資金を受けていないこと、匿名化データが学術研究者へ共有されたことも説明されている。強い研究設計は評価できるが、開示を含めて読むのが妥当だ。
したがって、この研究は「出社不要」の証明ではない。少なくとも一つの具体的なハイブリッド設計が、大規模な無作為化試験で機能したという、精度の高い一例である。
TRY THIS|制度を変える前に、1枚の検証票をつくる
全社ルールを先に決めるのではなく、チーム単位で次の5項目を一枚にする。
1. 守る成果:品質、処理量、顧客対応、育成、離職など、何を落としてはいけないか
2. 仕事の構成:一人で集中する時間と、同期して相談する時間はそれぞれどれだけか
3. 共通リズム:集まる日は固定するか。集まった日に何をするか
4. 失敗の早期指標:返信の遅れ、手戻り、相談件数、新人の立ち上がりなど、悪化を早く知る指標は何か
5. 判定時期:短期の好感度だけでなく、数カ月後の業績・離職・学習までいつ確認するか
その上で、小さく試す。制度への満足度だけを聞かず、仕事の結果と一緒に見る。悪化したときは「在宅勤務が失敗した」で終わらせず、同期、管理、仕事の分け方のどこが合わなかったかを切り分ける。
働き方の再現性は、日数ではなく条件に宿る。
SOURCES
• Nicholas Bloom, Ruobing Han & James Liang, “Hybrid working from home improves retention without damaging performance,” Nature 630, 920–925 (2024). 論文 / 全文(PubMed Central)
• PubMed書誌情報
3|AI / BRAND / CREATIVE WORK
SOURCE / 原典
この記事の出典
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