PK戦の直前、コイントスに勝った。先攻と後攻、どちらを選ぶべきだろう。
現在のIFAB競技規則では、PK戦前にレフェリーが二度コイントスを行う。二度目のトスに勝ったチームが、先に蹴るか後に蹴るかを選べる。だから順番は単なる演出ではなく、実際にチームが選択する戦術項目になっている。
そしてサッカーでは長く、「先に蹴る方が有利」という数字が知られてきた。だが研究を年代順に追うと、その結論はかなり慎重に扱う必要がある。
2010年、129試合では先攻60.5%
2010年、José ApesteguiaとIgnacio Palacios-HuertaはAmerican Economic Reviewに、主要大会のPK戦129試合を使った研究を発表した。先に蹴ったチームは78試合、60.5%で勝利。後攻は51試合、39.5%だった。差は21ポイントになる。
当時の対象では順番がコイントスによって決まる状況を自然実験として扱えたため、研究者は後攻側が相手の結果を先に見て蹴ることで受ける心理的圧力を、先攻優位を説明する候補として論じた。
この研究は、PK戦を『プレッシャー下の意思決定』を調べるデータとして一気に有名にした。60対40という数字も直感的で、現場の感覚と結びつきやすい。
ただし、重要なのはここからだ。129試合の結論は、その後データを増やした研究で安定して再現されたわけではない。
2012年、540試合では有意差が消えた
Martin Kocher、Marc Lenz、Matthias Sutterは2012年、同じ問いをより大きな標本で再検証した。元研究の129試合を含む540試合へ広げた結果、先攻チームの勝率は50%から統計的に有意には離れず、先攻優位を確認できなかった。
ここで大切なのは、『2010年研究は間違いだった』と一言で片づけないことだ。小さい標本でも本当の効果を捉えることはある。一方で、標本の選び方や偶然の偏りによって、大きく見える効果が出ることもある。だから同じ問いを、別のデータで再検証する意味がある。
2023年、主要大会663試合でも先攻優位は確認されなかった
Ricardo Manuel Santosが主要大会で1970年以降に行われた663件のPK戦を分析した研究でも、先攻と後攻の勝率に統計的に有意な差は確認されなかった。
研究ごとに大会、年代、収集方法は完全には同じではない。それでも、129試合で見えた大きな先攻優位が、より広い標本で繰り返し現れていないことは無視できない。
2025年、7,116試合では先攻50.2%
さらに2025年、David PipkeはFlashscoreのデータから、結果とキック列を整合的に確認できたサッカーのPK戦7,116件を分析した。先攻チームの勝率は50.2%。50対50との差を検定したp値は0.785で、先攻が有意に多く勝ったとは言えなかった。
2012年研究と同種の大会に絞った比較でも先攻勝率は50.4%だった。さらに過去データを補った7,627件でも50.4%。少なくともこの大規模データでは、『先に蹴るだけで大きな勝率差が生じる』というパターンは見えない。
ただし、7,000試合あればすべて解決するわけではない
現在のルールでは、二度目のコイントスに勝った側が先攻か後攻かを選ぶ。そのため、2003年以降を中心とする大規模データでは、実際のキック順が完全なランダム割り当てではない。強いGKがいる、直前の状況、チームの好みなどが選択に混ざる可能性がある。2025年研究自身も、この内生性を論点として扱っている。
つまり、大標本の50.2%をそのまま『順番は絶対に何の影響もない』と読むのも強すぎる。言えるのは、大きな先攻優位を支持する安定した観察結果が見つかっていない、というところまでだ。
コイントスに勝つこと自体には価値がある?
もう一つ興味深い研究がある。2021年のGames and Economic Behavior論文は、映像からコイントスに勝った主将の選択まで確認できた96件のPK戦を分析した。トスに勝ち、順番を選べた側は60.4%で勝っていた一方、実際に先攻だったチームの勝率は50.97%で、先攻そのものの有意な優位は確認されなかった。
ただし96試合と小さく、主将が何を根拠に先攻・後攻を選んだかも完全には観察できない。『トスに勝てば10ポイント有利になる』という確立した効果として使うべき数字ではない。研究が示すのは、順番そのものとは別に、選択権やその使い方を調べる余地があるということだ。
FORWARD BASISの見方——有名な数字ほど、次の研究まで見る
スポーツでは『先攻は60%勝つ』『この戦術なら成功率が上がる』のような数字が一度広まると、結論だけが長く残りやすい。だが研究は、その数字が出た時点で終わらない。
今回のPK戦研究から見えるのは、少なくとも三つだ。
一つ目は、標本数を見ること。129試合の60.5%と、7,116試合の50.2%は、同じ重さでは扱えない。
二つ目は、データがどう生まれたかを見ること。コイントスで順番が自動的に決まる時代と、勝者が順番を選べる時代では、同じ『先攻』でも意味が変わる。
三つ目は、再現を見ること。一つの有名研究だけでなく、別の研究者、別の標本、別の年代で同じ方向が出るかを確かめる。
PK戦でプレッシャーが消えたわけではない
ここを取り違えないことも重要だ。先攻チームの最終勝率が50%前後だったからといって、個々のキッカーがプレッシャーを受けないとは言えない。スコア状況、何本目か、失敗すれば敗退する場面、GKとの駆け引きなど、PK戦の中には別の心理的条件が大量にある。
この研究群が直接問い直しているのは、『先に蹴るチームであること自体が、最終勝率を大きく押し上げるか』だ。そこでは、現在の証拠は60対40の単純な物語を支持していない。
だからコイントスに勝った主将へ、『研究上、絶対に先攻を選べ』とは言えない。現行ルールでは選択権がある。チームの経験、GKやキッカーの希望、当日の準備などを含めて決める余地が残る。
数字の面白さは、結論を覚えることだけではない。129試合から540、663、7,116へ増えたとき、何が残り、何が消えたかを見る。そこにスポーツデータを読む本当の面白さがある。
SOURCE / 原典
この記事の出典
本文の事実確認に使用した原典です。FORWARD BASIS独自の解釈・整理は本文内で区別しています。
- 公式IFAB — Law 10: Penalties (penalty shoot-out), current Laws of the Game
- 論文Apesteguia & Palacios-Huerta — Psychological Pressure in Competitive Environments (American Economic Review, 2010)
- 論文Kocher, Lenz & Sutter — Psychological Pressure in Competitive Environments: New Evidence from Randomized Natural Experiments (Management Science, 2012)
- 論文Santos — Effects of psychological pressure on first-mover advantage in competitive environments (Contemporary Economic Policy, 2023)
- 論文Kassis et al. — Psychological pressure and the right to determine the moves in dynamic tournaments (Games and Economic Behavior, 2021)
- 論文Pipke — No evidence of first-mover advantage in a large sample of penalty shootouts (Journal of Economic Psychology, 2025)